Please forgive me 15

ゆく年くる年

1

   

  

 

  

  それは思いも寄らない方向で

 
 母親は今日も夜勤で、年が変わってから帰って来る。
 明は一年最後の日、早起きをして一人で家の大掃除をしていた。
 
 掃除機,窓拭き,キッチン磨き・・・
 普段家を空け、好き勝手にしている明に母親が科せた仕事だった。
 明は自分でも密かに反省していた為、素直に従い大晦日一日を家に費やしていた
 
 
 身体は動いているけれど、心は上の空で
 
 
 自分のベッドを新しいシーツに替えた時、明は動揺を抑え切れず倒れこんだ。
 
 


 
 


 
 3日前
 
 
 夏休みのように、明は冬休みに入ってから広樹のマンションに日参していた。
 
 別に何をするでもなく、夏休みに通っていた時と同じ様に
 昼前から夕方まで、明はソファで,広樹は窓際でだらだらとし、下らない話をして一日を過していた。
 
 
 「ヒロ、正月は家に帰らないのか?」
 一年も後3日となっても、広樹の家は季節感も無く時が止まっているように何も変わらなかった。
 ともすれば、もうすぐ来る正月のことなんて気が付かないでいそうになっていた。
 
 
 「帰んないよ。」
 広樹は涼しい顔で答えた。
 
 「帰らない?正月だぜ?」
 「だって、あいつらも『帰って来い』なんて言わないもん。去年も帰ってないよ。
  そうそう、うちの親、お年玉どうしたと思う?」
 
 広樹から突如出されたクイズに、明は首を捻った
 「お年玉?うーん・・・それだけ持ってきて上がらず帰ったとか」
 「アキラ甘いな、やっぱ」
 広樹は首を横に振った
 「まさか郵送とか?」
 
 「そのまさかより、更にだよ。
   銀行振込 だったんだ。
  笑っちゃうだろ」 
 広樹の クックッ というひねた笑い声が部屋に響いた
 
 「ほんとかよ・・・」
 明は予想以上の答えと,広樹の様子を見て、溜め息を吐いた。
 正月まで一人で過そうとする広樹が少し可哀相に思えた
 
 
 『年越し一緒にしようぜ。来てやるよ』と言いかけて、明は言葉を飲んだ。
 大晦日大掃除の命令と、留守番という母親との約束をギリギリで思い出したから。
 
 
 「ヒロ、家来て年越さないか?」
 
 
 明は頭の中で、言葉を瞬時に変換した
 
 
 「いいのか?」
 広樹は身を起こした
 
 「ああ、大歓迎」
 明は広樹のリアクションを見て、優しく微笑んだ。
 
 「お前の熱狂的ファンのお袋は大晦日残念ながら仕事だけど、元旦の朝には帰って来るしさ
  きっとヒロが居たら大喜びで機嫌良くなると思うし。」
 広樹を家に呼んだ時の、母親の少女のような喜びようを明は思い出した。
 
 「行く!」
 広樹は体操座りになり、膝を抱えながら顔を綻ばせて喜んでいた。
 今までのひねた様子も全く無く、強がってはいてもやはり正月独りで過すのは寂しかったんだろう。珍しく素直に喜びを表わしていた。
 
 明は滅多に見ることのない広樹の余りの可愛さに、顔の筋肉が緩んだ。
 
 「来いよな」
 もう一度はっきりと明は言葉にした
 
 
 



 
 


 昨日
  他愛も無い話からだった

   
 
 相変らず、広樹のマンションで二人。何気ない会話
 
 「ヒロ、正月祝いにさぁ、何か欲しいもの無いのか?」
 明はだらだらとした会話の途中に、クリスマスにした質問を広樹に再びした
 
 「なんだよ、また正月祝いって。そんなの聞いた事ない」
 広樹は不思議そうな顔をした。
 明自身も深い意味はなかった
 親にお金をただ振り込まれる広樹は、生活に不自由はしていないが何かに飢えている様な気がする。と、明は話を聞いてから考えていた。
 物と言うより、何か広樹にあげたいと思った。
 高いものでも安いものでも関係なく、広樹が喜んでくれるものを何か。
 ただそういう衝動から出た言葉だった。
 
 「別に、良いってば」
 広樹は口の端だけを上げて笑った
 「いや意味はねーけど、誕生日とかクリスマスのプレゼントもやってないしさ・・・何か何でも良いから言ってくれたら・・・」
  
 
 「じゃぁ、アキラは何か欲しいもん無いのかよ」
 
 
 「え・・・?」 
 広樹の思いもよらぬきり返しに、明は面を食らった。
 
 
 「人にさぁ 何欲しい?何欲しい? っていつも聞いてばっかでさ。
  だったらアキラ言ってみなよ。
 僕だって、アキラに欲しいもん何でもあげるよ」
 広樹は明を見つめながら少し笑って言った。 
 

 
 「お、俺?
  えーーーーーと・・
   んーーーーーー・・・
 
 
   ヒロ かな。。。
 
   なーんつって・・・」
 
 
 考えもしていなかった質問に頭が真っ白になり、さんざ考えたけれど結局何も思い浮かばず、焦って親父ギャグのような答えを吐いてしまった。
 明は自分のサムさのあまり、広樹に殴られる前に自分で直ぐに突っ込んだ
 
 「僕?」
 「い、いや、だから冗談に決まってるだ・・」
 
 
 「・・・いいよ」
 
 
 部屋の空気が止まった
 
 広樹の答えに、明は瞬きすら忘れて固まった
 
 
 「アキラが欲しいもん、僕なんだろ。
  だったらやるよ」
 
 広樹は表情一つ変えずに返事をしていた。
 
 
 冷蔵庫が突然唸り出す音すら耳に差し込んで来るほど、暫く沈黙が続いた。
 
 
 「・・・今日は、もう帰るわ」
 結局、それから何も会話が無いまま、明は腰を上げた。
 沈黙の間広樹は何にも変わらず、いつものようにボケーーッと窓から外を眺めていた。
 
 広樹の真意も,意図も,意味も、明には皆目判らなかった。
 
 「明日、アキラの家に行っていいんだよな?」
 広樹はいつものように、明に向かって手をゆっくり振った
 
 「あぁ、明日昼間は掃除しなきゃなんないから、夜な。」
 明も広樹に合わせ、笑顔を作って平静を装い答えた。
 
 「じゃあ、明日」
 広樹の声を背に、明は帰った。
 
 二日前のように 「来いよな」 と広樹に向かって言葉をかけられなかった。
 
 
 
 


 


 
 明は、大掃除用にカーテンと一緒に買ってきた、真新しいシーツに身を沈めながら昨日のことを思い出した。
 『きっと冗談だ』
 昨日交した会話を、記憶から消そうと明は決めた。
  
 天井を見つめていたが、ゆっくり目を閉じ、少し浅い眠りに就いた。
 年の最後に混乱した感情を抑えながら、明は再び起き上がり掃除をはじめた。

   

    


Please forgive me 16

ゆく年くる年

2

   

  

 

  

   
 
 日が落ち、明の掃除も終わった頃、広樹がやってきた。
 昨日の会話のせいで気が乗らず、明は広樹を迎えには行かなかった。


 
 ベルが鳴り、玄関を開けた明の目に飛び込んできた広樹の姿に明は仰天した。
 
 「ヒロ・・・どした。。その格好・・・」
 「会うなり どした ってなんだよ。なんかおかしいか?」
 広樹の制服と,黒の上下姿しか知らない明は、広樹の姿を見て驚いた。
 とても広樹自身が選んで買ったとは思えない今時の服。
けれど、流行ばかりではなく、広樹が更に映え似合いすぎていて。
 「おかしかないよ。じゃなくて・・」
 「これ、相川が選んでくれたんだ。これ取りに行く時にアキラ、店まで乗せてってくれたじゃん。」
 
 「あ!」
 二日酔いの広樹を乗せショップまで行き、かごに捻じ込んだ袋を思い出した。
 「あーそういやアキラの前で着た事無かったな。僕の外着は今、全部相川が選んでくれた服だよ」
 広樹は袖を引っ張りながら笑った。
 明は何となくムッとしながらも笑顔を返した。
 
 
 
 
 
 

 
 
 「前のうどんも美味かったけど」
 
 広樹が満面の笑みで、明に空の器を得意げに見せる
 「アキラ、蕎麦も美味かった!
  ごちそうさん!」
 
 ニコニコで差し出された広樹の器を、明は
「良く全部食ったな」
と褒めてやり、嬉しさを噛み締めながら下げた。

   
 佐々木と足達が手厚く世話をしているとはいえ、いつも電子レンジで暖めた物を独りで細々と食べているんだろう広樹が、美味しそうに一気に平らげてくれた事に明は安心した。

  
 
 広樹が家に来て、話をし、いつもの様に冗談を言い合いながら、年越し蕎麦を食べた。

 リビングのテレビは紅白が流れている。
 広樹は画面に興味なさそうに目を向けず
 「みんな同じ曲に聴こえる」
 と年寄りのようなことを言って、明を笑わせた。
 
 
 穏やかな何も変わらない二人の空気が流れていた。
 
 
 けれど

   
 
 
 
 「アキラ」
 洗い物から帰ってきた明に、広樹は声をかけた。
 
 「ん、なんだ?」
 何かまだ食い足りないのかと思った明が、広樹の声に耳を貸す。

 
 
 
 「さー・・・
  正月祝い、あげなきゃね」

 
 
 
 テレビからは、聴いた事の無い演歌が流れている。
 明は目を見開いた。 
 
 
 「冗談だろ?」
 物悲しい曲調と、明の口調が同調した。
 
 「いや。。」
 明の意に反して、広樹は至極真面目な顔をしていた
 
 
 
 「俺が言ったのは冗談で・・」
 「じゃぁ他、何が欲しいんだ?」


 
 「・・・・・
  ヒロ、意味判ってんのか」

 
 「・・あぁ、屋上の続きみたいな事だろ」
 明の脳裏にあの日の事が生々しく思い出された。
 
 「経験なんて無いけど・・・僕だってダテに何度もやられかけて無いよ。
  何されるか位は、知ってる」
   
 「だったらなんで?俺は、お前が好きになってくれるまで待つって」
 
 「昨日僕・・・ アキラの欲しいもの何でもあげる って言っただろ。」
 広樹は伏せていた目をゆっくり開けた。

   
 
 「僕の方が、ホントはずっとアキラが欲しいもん聞きたかったんだ。
  それが何であれ、あげるつもりだったから。
  アキラに。。いいんだ」
 広樹の瞳に見据えられ、明は動けなくなっていた。

  
 
 
 「・・・なんでだ?」
 漸く開いた口からは、疑問の言葉だけだった。
 広樹が言わんとしている事がどれだけ押し問答を続けても、明にはさっぱり理解できなかった。
 
 
 「お返し、だよ。」
 広樹は一言言った。 
 
 
 明はその言葉を聞いても、意味が分らなかった。けれど長く続いた緊張感のせいで、もう疑問符を投げかける気力も無くなっていた。
 
 
 二人の空気にそぐわないノリの応援合戦が、テレビから聞こえて来る。
 
 
 段々時間と思考が、明の頭で捩じれ始める。
 広樹は何も言おうとしなかった。
  
 
 
 
 
 暫く見詰め合って、立ち竦んだ後
 
 
 
 テレビも電気もエアコンも点けっぱなしのまま
 
 
 
 明は広樹の手を引いて、自分の部屋に歩き出した。

 

    


Please forgive me 17

ゆく年くる年

3

   

  

 

  

  先に部屋へ足を踏み入れた明が、壁をなぞり電気のスイッチに手をかけた所で
 広樹が明の服を引っ張った。
 
 「点けないでくれよ・・・」
 
 広樹の申し出に、明は無言で手を離した。
 
 「寒くないか?」
 「・・・あぁ大丈夫。。」
 
 薄暗い蛍光灯の真ん中の豆球の灯りだけの中、暖房もかかっていない部屋は余計に寒く思える。
 
 明は毎日過している自分の部屋が、全く別空間の様に感じた。
  
 
 閉めたドアの隙間からリビングの灯りと、紅白の音が漏れて聞こえて来る。
 
 現実離れした今の状況を、その音と光が明に何とか本当の事だと感じさせてくれた。
 
 
 
 
 「ヒロ・・・」
  いいのか? と言いかけて、明は言葉を止めた。
 
 広樹の手を引いて、この部屋に入る時
 分らないままのこの状態、考える事をやめると決心したから。
 決心しないと、踏み出せなかった。

 明は部屋に入った今でも、広樹の言う事を信じてはいなかった。
 それに広樹とはちゃんと心が自分に向いて、好きになってくれてから勿論関係を持ちたいと思っていた。
 だけど、いくら明が首を振っても、広樹は頑として意志を変えないと感じた。
 このまま押し問答で、年を越すのだけは真っ平御免だった。
 だから、踏み出した。
 勇気をありったけ使って踏み入れた部屋だけれど・・・
 ”冗談だよ””やめてくれ”
 広樹の口からこの言葉が出た時点で、明はこの状況を全てリセットする気でいる。
 だからそれまでは、止まらない感情に任せると自分で覚悟した。
 
 
 

 
 
 ベッドに広樹を横たわらせる。
 広樹は何も言わず、明のされるがままになっていた。
 明は眼鏡を外し、いつもの場所に置いた。
 そして真新しいシーツに、広樹と共に明は身体を預けた。
 
 -----毎日自分が寝ているベッド。
 『俺、明日からここでまともに眠れるんだろうか』
 不安が明の脳裏を過ぎった
  
  
 
 薄明かりの中
 
 
 明は、広樹に軽く口付けた。一気に血が上る
 
 広樹は目を閉じていた。
 明は広樹の伏せた睫に、指を這わせた。今までずっと触れてみたかった
 そして、大好きな広樹の頬を手で包んだ。
 
 
 『やっぱり。。』
 明は少し正気に戻った。広樹が僅かに震えていた。
 思ったとおり、広樹が口とは裏腹にちっとも平気じゃない事が頬から手に伝わった。
 
 
 「ヒロ、震えてんぞ・・・」
 明は行為が始まって、初めて言葉をかけた。
 
 広樹が今 止めてくれ と言えば、後でどんなに後悔しても明は止めるつもりだった。
 
 だけど、
 広樹からの返事は何も、無かった。
 『・・・もう、行ける所までいくしかない。。』
 明の最後の鎖が外された。
 
 
 

    
 「ん・・・・」
 離された唇からかすかな音と共に、どちらとも無しに声が漏れる。
 最初は頑なに口を閉じていた広樹だけれど、優しく軽く何度も口付ける内に、前と同じ様に薄っすら開かれた。
 明は躊躇していたが、恐る恐る舌を差し入れた。 
 軽く閉じられた広樹の歯列をなぞった。
 笑うと見える広樹の片八重歯に舌が触れた時、明の心臓が跳ね上がった。
 
 誰にもこんな長いキスはした事が無かった。舌さえ絡めてないのに。 
 『こんな緩いキスなのに、なんでこんなに・・・』
 明は心で自嘲した

  
  
 今まで触れた事の無かった身体に触れる為  広樹の服をたくし上げる。
 脱がせて余す所無く見てみたかったが、暖房もついていないこの部屋の寒さを考えると、明の手は途中で止まった。
 それでも薄暗い中、曝け出された広樹の肌は、白く浮き上がっていて艶めかしかった。
 夏の日、広樹が屋上でみせた、日焼けが褪せたと嘆いていた姿とオーバーラップする。
   
 筋肉がどんどん削がれているのか、その時よりもやつれ,薄っすら浮き出ているあばらが痩せ具合を物語っていて・・・
 明は何故だか堪らなくなって広樹を抱き締めた。
 抱き締めると怯えの入っていた広樹の顔が、幾分穏やかになったように感じた。

  
 暫く抱き締めぬくもりを感じられた後、手を滑り込ませた。
 初めて触れる肌に、指の先まで緊張していた。

 
 「・・・アキラも、震えてんじゃん。。」
 広樹が初めて喋った。脇腹を伝う明の指が震えているのに気付き薄く笑っていた。
   
 「・・・うるせー。」
 指摘された明がバツ悪く呟いた。
 
 「ちがう・・・アキラ・・僕」
 広樹が薄く目を開けた。
 「ホントは怖くて・・・」
 「んな事解ってる」
 明は広樹の少し汗ばんだ髪を掻き上げた。
 「だから。。今、アキラも震えてんの判って・・・
  安心したんだ。。」
 
 
 「あー安心しろよ。
  俺は、ヒロの事好きだからな・・・
  お前の何千倍もテンパってどうしようもなくなってんだ。 
  
  ヒロが、可愛いすぎんだよ」
 明は震える手を休め、広樹の髪を何度も撫で、耳元で囁いた。

     
 「・・・可愛いって言うな・・」
 明の言葉に、プライドが高い広樹のいつもの顔がちらりと覗いた。
 
 「言わせろよ、こんな時位。」
 明は広樹の尖らせた唇を塞いだ。

    
 
 脇腹から伝う指を再開した明の掌が、広樹の薄い胸を撫で上げた。
 膨らみも何も無い胸を触って、何でこんなに興奮しているのか明は自分でも分らなかった。けれど抑えようが無かった。
 胸の突起に、明の熱を持った指が触れ、揺らした時
 広樹の背が反った。
 
 「ア、アキラッ・・」
 驚いた様な広樹が何かから逃れるように、明の首に腕を回ししがみついた。


 「ヒロ、感じたか?・・・大丈夫、大丈夫」
広樹が初めて感じたであろう感覚への恐怖を、明は優しく頭を撫でながら宥めた。


 『男でも感じるのか・・』
 明は熱を帯びた指を、広樹の反応と共に動かした。
 
 
 「あっ・・・あっ・・」
 明の胸を弄る指の動きと共に、広樹が我慢しきれず、言葉にならない声を上げている。
 その声を聞く度に、明の理性も吹っ飛びそうになる
 
 『もう、やべぇ・・』
 明は広樹の身体に唇を這わせながら、片手で窮屈なジーンズをなんとか脱いだ。
 そしてその手で、広樹の下もてこずりながらずらした。

 
 
 
 
 テレビからより大歓声の一層大きな音が流れている。
 けれど、耳には何も入らなかった。
 暖房はついていないのに、寒さなんて感じなくて
 
 
 
 お互い屋上の時とは明らかに違う状態の中、明は再び広樹へと手を伸ばした。
    

    


Please forgive me 18

ゆく年来る年

4

   

  

 

   明はゆっくりと手を伸ばした。
 広樹のそれは、屋上で初めて触れた時よりも熱を帯びていた。
 手探りの中、柔らかく指を絡ませる。
 
 「ゃ、・・・ぃ・・やだ・・・」
 広樹が明の肩に手をかけ、身を捩った。
 
 明はそんな広樹の首筋から舌を這わせ、安心させる為に口付ける。
 そして、広樹の右手を取り
 明自身に触れさせた。
 肌とは違う、熱く濡れた感触に広樹は閉じていた目を思わず見開いた。
 明は広樹の潤み切なげな瞳を見てしまい、喉の奥がゴクリと鳴った。 
 
 「俺のも、同じだから。恥ずかしがんなくていい。全然」
 
 広樹は眉をひそめ、静かにまた固く目を閉じた。
 
 
 親指の腹で広樹の先端を優しく擦ると、反応は広樹の身体にあからさまに表れた。
 攣りそうな程、力が入った足の指が新しいシーツに皺を作る。
 
 明の手が前回以上に激しく器用に動く。
 広樹が触れさせられた明のモノは、手から離されてはいなかった。
 ただ掴んでいただけだったが、明に擦られる度に広樹の掌には無意識に力が入り、それが明にも快感を齎していた。明にとっては、広樹に触れられているという事実だけでも十分だった。
 
 不規則な息遣いと、時々漏れる声だけが聞こえる部屋で
 別の生き物のような相手の性器の熱を感じながら
 二人は互いの手の中に、吐き出した。
 
  
 自分の精液がついた広樹の手を取ったが、目の良く見えない明がティッシュを探しきれずに、シーツになすり付けるように汚れを拭かせた。
 明は液にまみれた手を、広樹の性器から放せないでいた。
 ぬるりとした感触が明の神経を撫で上げ、快感で手放せない。
 
 粘つきの残る広樹の指に、明は片方の手の指を絡ませた。 
 馬鹿馬鹿しい戯れ言だが、乾くとくっついて取れなくなる様な気になった。
 だけど、このまま手が繋いでいられるのなら良いか・・と痺れている脳でぼんやり考えた。
 力の抜けた指だけれど、僅かながら握りかえしてくれる広樹が愛しくて、そして明の不安を拭ってくれた。
 
 
 息がまだ整わない広樹に、明は口付けた。広樹は息苦しそうな表情をしたが、逃げはしなかった。
 
 
 射精後に襲われる気だるさで、暫く緩慢だった明の動きが疑問で止まった。
 思考が働かない脳でそれは、湧き出た物だった。
 
 『男同士って、どうやって。。』
 
 ぼんやりとした不安が次第にくっきりと浮かび上がる。
 誰とどれだけやったとか,変わったヤリ方の下衆話なんて、遊んでいる時に嫌ほどした。
 けれど、相手が男の経験話なんて聞いた事が無かった。
 広樹と したい と思いはじめた頃、漠然と明に付き纏っていた疑問ではあったけれど・・・
 こんなに突然機会が来るなんて、思ってはいなかった。
 しかも小一時間前まですら。。
 
 広樹の肩口に擦り付けていた頭を下げてみたが、暗さと裸眼で広樹の局部は何も見えない。 
 繋いでいる手を離し、一罰で手を潜り込ませる。

 片方の手で握っている性器を伝い
  
 『きっとここだよな・・・』
 前後を指で擦り、後孔と感じられる所に指を緩く突き立ててみた
 
 途端に広樹の身体がびくついた
 突き立てた指は弾かれ、そこは固く閉ざされていた。
 不安を背に背負いながら、半ば強引に中指を差し入れた。
 「んっ、イタイッ・・・」
 広樹が身を丸めて捩った。
 その声と仕草が、明の劣情を煽ったが反対に不安は増した。
 想像外に乾いていたこそは、広樹が力み余計に狭くなり、明の指を締め付けた。
 『勝手に濡れて、入る物じゃないんだ。。』
 明は今更学習し始めた。
 
 快感も感じられず、広樹が異物感に顔を歪める。
 
 「ごめん・・」
 明は謝りの言葉と共に、指を引き抜いた。
 代わりに自分のモノを、入り口に軽く押し当ててみた。
 広樹の後孔に触れた事実と感触にたちまち性器は勃ち上がる
 けれど・・・
 『今、こんな器官に自分のモノが入るはずが無い・・』
 
 明も広樹のように顔を歪めた。
 少しずつ興奮が冷めてゆく中、明は高速で思考を回転させていた。
 
 
 
 
 
 「な、何・・?アキラ・・」
 明の突然の動きに、広樹が不安げな声を上げる。
 「ヒロ、足力いれてて。大丈夫、痛い事は絶対しない」
 明は自分の両足で広樹の太腿を挟み、閉じさせる。
 広樹は身体を固くしながら、なすがままになっていた。
 閉じさせた太腿だけれど、細さで隙が出来た様を見て明は苦笑した。
 『飯、食わせなきゃ。。』
 今の状況と全く関係ない事を考え,口元を歪めながら、
 その隙間に自分の性器を挟ませた。
 
 太腿にぬるつく感触に驚いた広樹の足の力が抜ける。
 「ちゃんと挟んでて」
 再び覆い被さった明の影が広樹に近づく。
 鼓動が感じられる程身体を密着させ
 動き始めた。
 
 
 戸惑いが全てを支配していた広樹の表情が次第に変わる
 
 明が動く度、明のモノが大きさを増し、太腿から局部に雫が伝う。
 そして、明の腹部に広樹自身が当たり,擦られる。
 
 裏側から先へ擦り上げられる刺激が、広樹を襲う。
 「あ・・・あ・・んっ・・・・もう・・・っ」
 
 快感から逃れる様に、広樹は必死で首を振っていた。
 広樹の胸の突起を弄び、甘噛みしていた明の目には広樹の仰け反った白い喉元が視界一杯に広がり、激しい艶に乱暴に噛み付きたい衝動に駆られた。
 広樹は程なく明の腹に吐き出した。
 滑らかな広樹の肌と擦れ合った明からも、二度めの性がシーツに撒き散らされた。
 
 
 広樹の横に倒れ込むように明は身を沈めた。
 広樹は、汗を浮かべ浅い呼吸を繰り返していた。暗くて顔が良く見えない。
 自分の視力を明は呪った。
 目を細めると何とか見えた。今まで見た事が無かった壮絶に奇麗な顔。艶の入った広樹の表情。
 広樹の濡れた唇が淫猥に光っていた。明の心臓がまた跳ねた。
 幸せを噛み締めた。

     
 だけど
  
 出来なかった。
 
 
 生理中でさせて貰えず無理矢理素股でしたという奴の話を、馬鹿にしながら聞いた自分だったのに。自分がする羽目になるなんて・・・
 
 
 『どうするんだよ、わかんねーよ・・・』
 明はベッドに顔を埋めた。

 

    


Please forgive me 19

ゆく年くる年

5

   

  

 

   
 「アキラ・・・」
 部屋に二人の息遣いが響かなくなった頃、広樹が漸く口を開いた。
 
 「気持ち良かったか?」
 明は広樹のもう震えていない頬を触る。
 掌の広樹の頬は、ゆっくりと上下に動いた。
 「なら、良かった」
 明は安堵の息を吐いた。
 
 明は足元にかけられていた中布団の薄い毛布だけを二人の身体にひっかけ、仰向けに寝転んだ。
 まだ寒さは感じなかった。体中の血液が熱い。
 毛布の中、明は足を少し広樹の足に絡めた。自分が放った物がまだ濡れていた。

   
 
 「ヒロ、どうして俺にこんな事許してくれたんだ?」
 明は部屋に引き入れる前と、同じ質問を繰り返した。
 

  
 「・・・アキラ、覚えてえるか?僕の誕生日の事」
 広樹は天井を見つめたまま、ぽつりと話し出した。
 「誕生日、何をだ?」
 「アキラ、僕のお祝いしてくれた時、聞いて来たよな”願いは”って」
 
 明は自信の有る記憶力の糸を、必死で手繰った。
 「・・・・あぁ、確か・・・お前”あるけど、叶わないから言わない”とか言ってたんじゃ」
 
 「うん。実は、  
  【もう一度投げられるようになりたい】っていうのが
  僕の願いだったんだ。」

   
 「それって。。」
 「そう。それから何日か後、アキラがグラウンドで”投げられる様にしてやる”って言ってくれた。
  僕、アキラに一言も心の中の願い言わなかったのに。だから余計に驚いた。夢じゃないかと思った。」
 
 明は季節が変わって聞かされた広樹の科白に、驚きすぎて身を起こした。

  
 「だからずっと、思ってたんだ。 僕の願い叶えてくれるアキラに、お返ししなきゃ って。僕と同じ様に、アキラが望むもの何でも」
 広樹は艶の抜けた、凛々しい顔で明を見つめた。

  
 
 「・・・・そんなお返し、いらねーよ」
 明は低い声で唸るように言った
 「そんなの、お返しが欲しくてお前に言ったんじゃない。ましてこんな事を引き換えにしたいから、お前の腕治してやりたいと思ったんじゃ・・・」
 偶発であれ『今日、出来なくて良かった』と明は心底思った。こんな理由がきっかけだと解ったら、後で一生後悔しただろう。
   
 「アキラ、怒ったのか?・・・」
 明の珍しく厳しい物言いに驚いた広樹は、少しうろたえた声を出した。
 「話、最後まで聞いてくれよ。。」
 「・・・・」
 明は無言で広樹を見た。
 
 「アキラの事好きになるまで待つって言ってくれた時、嬉しかった。無理矢理襲われた事しかなかったから・・・だけど、不安だったんだ
  人のこと好きになるっていうの、僕、判らないから。。好きになったって自分で判るのかって。言ったけど、一生判らないかもしれないっていう不安。
  でも、最近少しずつ、何か変なんだ。。」
 不安そうな広樹の表情が、明の目にぼんやりと映った
 「え?」

 「勿論 アキラ として僕の気持ちは前に言った通りだし変わりない、誰より大事なんだ。恋愛感情とか判らなかった。
  でも最近・・・アキラの顔見たり,触られると、時々変な気になる時がある。。」
 「ほんとか?」
 「あぁ。。それがなんだか知りたいと少し思いだしたんだ。
  ・・・それから・・」
 「なんだ?」
 言いよどんだ広樹を、アキラが急かす。
 「アキラに抜かれてから、自分でやってない・・
  アキラの手が気持ち良すぎたから、自分でやっても抜けないんだ。。」
 「あれから抜いてない?!」
 1ヶ月は優に超えた日数に驚き、明が素っ頓狂な声を上げる。
 「あぁ。。でも、それまでも、僕・・・そんなにはだったから別に・・・月一とか・・」
  いつもそんなもんだけど と驚いている明に、広樹が言葉を付けた。
 その言葉を聞いて、淡白と言うべきか,性欲に希薄すぎる広樹に明は更に驚いた。
 
 「昨日アキラに聞いて、欲しいもの僕って言われた時。。びっくりした。
  アキラが欲しいっていう物、いくら高いもんでも,手に入んないもんでも うん て返事するって決めてたから、”いいよ”って言ったけど。。
 冗談で流してしまおうかと思った。怖かったし・・
  だけどもしかしたらしてしまった方が、好きだとかいう気持ち判るのかなと思って、覚悟決めたんだ。
  だから・・・」
   
 「・・・わかった。もう怒ってねーよ
  で、結局は判らなかったんだろ」
 明が微笑んで広樹を抱き締める。広樹は頷く。
   
 震え固まり,今まで得られた事のない快感に流されていた広樹に、好きだとかどうだとか考える余裕なんて無かった事は一目瞭然だった。
 でも、自分の事をそんな風にまで考えてくれていた事自体が飛び上がりたいほど明にとって嬉しい事だった。それに少しずつ感情は変化してくれている。
   
 「でも、怖かったけどアキラに触られるのは嫌じゃなかったよ。それに・・」
 明の最初の質問の答えに繋がる広樹の表情が有った。
 「それで、充分だ。今はな
  俺に触られたりすんのやじゃないんだろ?ヒロに触ってもいいんだろ?
  それにこれから、いくらだって抜いてやるし」
 「・・・・」
 「俺にやらせて」
 「・・ああ、アキラが頼むんだったら」
 こんな時にさえ相変らずプライドが高く,男な広樹に、明は笑った。
 
 
 「アキラ、優しいな」
 髪を撫でられ、広樹がいつに無く甘い声を出した。
 「何がだ?」
 「さっきの、なんだか判らなかったけど・・・こんな僕の事解って、しなかったんだろ?」
 
 さっきの苦肉の素股を思い出して、明の顔に血が上る。
  
 「・・・・」
 「なに?」
 「そ、そうなんだ。」
 
 明は咄嗟に首を縦に振った。ヤリ方が解らなかったとは、口が裂けても言えなかった。
 
 「・・待ってくれるよな?」
 「あ、あぁ当然。」
 
 『本番までに絶ー対っ、出来るようになってやる!』
 最近身を潜めていた明の学習本能に火がついた。
 初体験から今まで行為をしてに出来なかった事なんて無かったし馬鹿にされた事は一度も無かった。
 それだけに今日は自尊心が砕けるほど自分でもショックな事だった。ただ知らないだけだからしょうがないと自分を励ました。
 二度と同じ失敗はしない。
 明の裏受験勉強の火蓋が切られた
 
 
 
 
 
 煩かった隣のテレビの音が聞こえなくなった。
 
 静けさの後、聞こえてきたのは
  
 
 
 「おい、ヒロ!」
 
 
 
 テレビから流れて来たのは、お寺からのナレーション。
 
 
 
 明に促されて、広樹も耳を傾ける。
 「嘘だ・・・こんなで・・年が。。。」
 年が変わり始めた合図に、顔を顰めた。
   
 広樹の一言で、明も我に返った。下半身裸で、自分達が放った物の上で・・・自分達の姿。

  
 「・・・そうだな」
 「寒い・・・冷たい・・・気持ち悪い」
 広樹が身を縮めた。
 薄い毛布の隙間から冷たい空気が突き刺し、シーツや身体を汚している体液はぬめりきを残しながらも乾きつつあった。

    
 
 「今何時?」
 明が眼鏡を探りながら広樹に聞く
 「5分前」
 ぶっきらぼうに広樹が答えた。
 「風呂入って、着替えような。」
 明は不機嫌になってゆく広樹を宥めた。
 

 一度入った事の有る明宅の風呂へと、立ち上がろうとした広樹の身体を明が止めた。

  
 
 「待てよ」
 「なんだよ」
 「風呂ん中で一人年越すのかよ?」
 広樹をもう一度ベッドに引き入れ、明は抱き締めた。
 
 「こんな格好のままじゃ、罰当たりそうだ。。」
 「ヒロとだったら罰当たってもいい」
 「・・・僕は、嫌だ。」
 広樹は口の端だけを上げ、にやりと笑った。
 
 皮肉っぽく曲げられた広樹の口元に、明は触れる事を許された手を当てる。
 そして、ゆっくり口付けた。
 
 
 ゴーーーーーン
   ゴーーーーーン
 
 
 
 今までまともに聞いた事も無かった除夜の鐘を、二人で聞いた。
 キスをしながら年をまたいだのもお互い生まれて初めてで。
 
 
 
 「ヒロ、鐘って108回鳴るんだぜ」
 「なんで?」
 「煩悩の数。祓うんだ」
 「・・・じゃあアキラよく聞いとけよ。煩悩だらけじゃん」
 「うるせー」
 顔を見合わせて笑った。
 
 「頭良いのは知ってるし、蘊蓄はいいよ。それよか、挨拶・・」
 広樹は呆れた顔をした
 「そうだな」
 
 
 
    「明けましておめでとう。」 
    

     

    


Please forgive me 20

ゆく年くる年

6

   

  

 

      

   大掃除に使われていた大きなゴミ袋が再び活躍した。
 広樹が風呂に入っている間に、明はシーツを丸めてゴミ袋へと捨てた。
 今日替えたばかり,買ったばかりの新しいシーツだったけれど、一日の命だった。
 
 洗えば使えるだろうが、母親にとやかく詮索されるのも御免だったし、なによりそれを使って寝ると今日の事を思い出してしまいそうで・・・眠りを妨げる敵となり兼ねないから捨てる事にした。
 
 さっぱりした顔で風呂から上がってきた広樹と入れ替わり風呂へ。
 やけにすっきりした顔の広樹を見て
 『今日一日で二ヶ月分出したからからかな・・?』
 と下衆い考えが明の頭を不と過ぎり、鼻で笑いながら風呂へと急いだ。
 
 
 「やっと上がって来た。アキラ、」
 「ん、なんだ?」
 頭をガシガシと拭きながら明は広樹の声に耳を傾けた。
 「腹減った。」
 上がってきた明を、何事も無かったかのような顔で広樹が迎えた。
 明も風呂に入って気持ちは切り替わってはいたが、広樹の様子を見て何だか憑き物が落ちた様だった。
 
 
 下着は貸してやったが、汚れてはいなかったので広樹は来た時そのままの格好をしている。
 
 まるで、部屋に入る前に時間が戻ったようだった。
 明はほっとしたような,物足りないような、何だか複雑な気持ちになった。
 
 
 「飯作ってやってもいいけどさ、出ないか?」
 広樹がいるリビングを素通りして、明は着替えながら隣の部屋の広樹に大声で話し掛けた。
 
 「今から?!何処に?」
 
 
 「初詣。」
  
 
 「出店とか色々出てるだろ。食いながら歩こうぜ」
 ダルイ〜とテーブルに頬を付けブーたれている広樹の腕を掴んで起こし、明は外へと繰り出した。
 広樹が家に来ると話が出た時から、明は一緒に行くと決めていた。
 

 
 
 
 
 いつもの様に自転車ではなく
 二人は歩いて神社に向かった。
 深夜の風は予想以上に冷たく、風呂上がりで時間があまり経っていない二人は身を震わせた。
 「やっぱ明日昼暖かくなってから、行く方が良くないか?」
 広樹は白い息の向こう側で顔を顰めていた。
 「こういう思いしていくからこそ、価値があんだよ」
 ”寒い”と無意識に出そうになる言葉を我慢しながら、明も白い息にまみれながら広樹に反論した。
 
 機嫌の治らないかじかんでいる広樹の左手を繋ぎ、明は自分のコートのポケットに入れた。
 ポケットの中で、広樹の剛質な左手に指を絡め,包み込む。
  
 「暖かいだろ。」
 明の言葉に、広樹は鼻をすすりながら子供の様な笑顔を見せた。
 
 
 
 
 
 「何お願いしたんだ?」
 境内から少し歩き出して、広樹が興味津々で明の顔を覗き込んで聞いて来る。
 「言ったら御利益なくなるだろ」
 「そうなのか?」
 「あぁ。たぶん」
 明は笑って誤魔化した。
 自分は勿論言うつもりはなかった。でも、勝手だけれど広樹の願い事は少し知りたくなった。
 
 
 
 風の矢尻が見えそうな中、グラデーションの空を見上げながら二人で歩いた。
 
 明は初詣に来るとは決めていたけれど、実は目的も信念も別になかった。
 
 「アキラも食いなよ」
 広樹は爪楊枝を刺したタコ焼きを、アキラの目の前に突き出した。
 「いいよ、俺は。腹へって無いし。お前全部食えよ」
 広樹に食欲がある事だけで明は嬉しかった。
 
 『普通にこうやってただ、こいつと歩きたかったのかもしれない』
 
 明は隣でタコ焼きを頬張って、満足そうな顔を浮かべている広樹を見て感じていた。
 
 
 
 

 

 
 
 
 「明、いつまで寝てんの!!!起きなさい!!」
 
 
 
 ドアを勢い良く開ける音と、ドスの効いた声が明の部屋に響き渡った。
 だけどその声は瞬時に
 「・・・ま、まさか・・渡瀬君?!キャーー!」
 
 客布団で明のベッドの隣で寝ている広樹を見て、何オクターブも吊り上った。
 
 
 
 「もー!渡瀬君来るなら来るっていいなさいよ!」
    
 広樹を部屋に残し、起きた早々リビングへ連れ出された明が、母親に怒鳴られる。
 「驚かしてやろうと思ってさ。母さんに俺からのお年玉」
 「何言ってんのよ」
 起こりながらも顔が綻び始めた母親の表情を、明は見逃さなかった。
   
 「でも、渡瀬君、お正月なのにお家にいなくていいの?」
 さっきより小声で明に囁く。
 「あいつん家色々有ってさ。正月独りだっていうから」
  
 「え?そうなの・・・
  私があんな可愛い息子持ってたら、独りになんてさせないわ」
 母親が明の部屋の方を見て同情の声を出した。
    
 「・・・・・可愛くなくて悪かったな」 
 夜勤とはいえ、思いっきり年越し家で独り過す事を命令された明は、少しムッとした

     
 あくびをしながら母親が自分の部屋に歩き出すのを見て、明は驚いた。
 「え?そんな喜んどいて、今から寝るのか?」
  
 
 「化粧するのよ。」
 
 
 思いっきり伸びをした母親は、小さなスキップで部屋へと消えた。
 
 
 広樹に対する母親の感情を見て、やっぱ血繋がってんなと明はしみじみ痛感した。
 

 
 
 
 
 
 香水の匂いまでさせて現れた母親は、見事に普段見た事の無い気合いの化粧をしていた。
 
 「頼んどいて良かったわぁ〜」
 最後まで悩んで注文したお節を、母親はテーブル一杯に出した。
 
 「好きなだけ食べてね」
 当の息子に顔を背け、広樹に向かって微笑む。
 「有り難うございます」
 いつも先生に見せる良い子ちゃんスマイルで、広樹は返した。
 でも愛想だけでは無く、広樹は本当に嬉しそうだった。
 
 「まぁ〜渡瀬君、一段と可愛くなったわね〜」
 おばさん特有の遠慮無く人を見つめ倒し技で、広樹の顔を穴があくほど見詰めながら、母親は何度も言う。
 「母さん!」
 明は語気を強めて母親を宥める。広樹に可愛いは禁句だ。
 広樹はやはり眉根を寄せて苦笑いを浮かべていた。
 
 「昨日から来てたの?」
 「はい」
 「明、ちゃんと掃除・・」
 「したよ!見てみろよ!」
 
 明の切れた言葉を聞いて、母親は幾分キレイになっている家を見渡し、納得した。
 
 「こんな何も無い家で、渡瀬君、ごめんなさいね。退屈だったでしょ。」
 小首を傾げながら、母親は広樹に頭を下げた。明は今ねだればゲーム機でも何でも買ってもらえそうな気がした。
 「何してたの?」
 他意のない母親の質問に、明は息を飲んだ。
 
 「・・え 紅白、見てた」
 
 一拍の間があいたが、明は声のトーンと変えずに自然な口調で答えた。
 
 
 「あらそう。  
  あ、紅白、どっち勝ったの?」
 
 
 明は固まった。
 広樹も顔を少し強張らせて止まっていた。
 二人とも口が開いていた。
 
 
 
 「えーっと・・・ど、どっち勝ったっけ・・・
  あーーー、み、見逃した。」
 「見逃した?一番メインじゃない。どうやって見逃すのよ。」
 
 「いや、初詣いく用意してたし。なぁ」
 「あぁ、うん。」
 「アハハハハ・・」
 話をなし崩しにしようとする乾いた笑い声が、リビングにこだました。
 
 
 カラ笑いしている明に、広樹が耳打ちする。
 
 「なぁ・・・紅白って、勝ち負けあんのかよ?」
 
 
 明の一層大きな笑い声が、その後更に続いた。

 
 
 
 
 急造家族の3人団欒で、元旦を過した。

 

    

  ゆく年くる年おしまい